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2016年11月 2日 (水)

岡山城・岡山後楽園へ(その2)

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岡山城 「六十一雁木上門」
本段から川手に通じる門で 前方の石段がもとは61段あったことからこう呼ばれたらしい(案内板より)

岡山城の歴史 
南北朝時代に名和氏の一族が築いた(備前軍記に書かれている) その後150年間の城主は明らかではない 元亀元年(1570)宇喜多直家が石山城主(岡山城)の金光崇高を謀殺しこの地を支配した 直家はそれまでの居城 亀山城(沼城)から石山城に入城し 城の改築と城下町の形成を行った 直家の子 宇喜多秀家は豊臣政権下で父の遺領を継承し 57万4千石の大大名となる それに相応しい城の大改修を行い近世城郭とした
慶長5年(1600)関ヶ原の戦いで西軍の主力となった秀家は 八丈島に流刑となり宇喜多家は改易となった(秀吉の猶子となり 正妻は前田利家の娘 豪姫、八丈島にて没84歳)
代わって 小早川秀秋が52万石の城主となって入城した 秀秋(秀吉の甥)は2年後(1602年)に急死(21歳) 嗣子がなく小早川家は断絶した
慶長8年(1603)姫路城主・池田輝政の次男忠継(5歳)に与えられた 幼少だったため兄の利隆が代政した その後は池田家が廃城まで継承した

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後楽園は三大名園の一つ
高台にある「能舞台」
能を好んだ池田綱政は能舞台を作り 自ら舞い 時には家臣や領民にも見せました
”初心者の人でも分かりやすい能舞台 入場無料”
建物は来園どきに眺めているが中に入るのは初めてでした
途中からなので内容は?
いや 最初から鑑賞しても多分? 良い思い出になりました

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「林 松響会 岡山大会」を鑑賞
出入り自由だったので30分ほど鑑賞 張り詰めた緊張感を感じる会場 その雰囲気を楽しめた 演目のしおりをいただいたがチンプンカンプン 日本の伝統芸能である能舞台 厳かで近寄りがたい雰囲気を漂わせていた

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「夢二郷土美術館」へ
ふるさと岡山を愛した夢二
竹久夢二の美術館は1996年に開設 1930年代 カリフォルニア州滞在中に描かれた幻の裸婦画が ロサンゼルスから日本に里帰り 新収蔵作品として初公開する記念展でした
屏風絵の大作も展示されており 郷土ならではの絵が見られました
場所は後楽園から近い鶴見橋を渡ったところにあります

さて路面電車に乗り駅へ 話は尽きないが来年の再会を約束して岡山駅で解散した

岡山市 10月29日撮て

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